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明けましておめでとうございます。連続投稿21年目に入った年越し運転を実施しましたのでご報告します.今年も例年通り,帰省先の神戸の実家にて実施しました.
さて2022年の今年は日本の鉄道開業150年の年にあたります.これを祝って何か模型を走らせたかったのですが,残念ながら明治時代の車輛は保有していないので,今回は潔く諦めました.
 何か手持ちの車輛で祝えるような事はないかと思案していたところ,いつも16番日本型の模型を購入している「れーるぎゃらりーろっこう」(旧:六甲模型教材社鉄道模型部)が1982/昭和57年に創立されて今年で40年を迎えます.そこで「れーるぎゃらりーろっこう」創立40周年を記念して,私が高校生や大学生のときに同店で購入した模型,即ち昭和の鉄道模型を中心に16番日本型にておこないました.
 まず機関車です.模型は1983年~1988年に購入した昭和時代のブラス製品です.昭和時代の模型は,現在は予備役として動態保存しているので,今回は20年近くの蔵出しです.EF58上越型ヒサシ付き(1988年天賞堂製),EF65 1100番代×2輛(カツミ製),ED61(アダチ製),ED70(カツミ製),ED76 1000番代(宮沢模型製),EF70二次型(カツミ製),EF71(カツミ製),さらに娘のアスカが年越し運転に初参加するので,平成初期の製品ですがC62 2号機北海道時代(1996年天賞堂製)を参加させました.アニメ「エヴァンゲリオン」のファンなので,同作品のヒロインの一人,式波・アスカ・ラングレーにあやかって娘に命名しました.アスカが運転するのは弐号機でなくてはなりません.以上の計9輛です.あと4輛あったのですが,コレクション整理の為,手放してしまいました.今では後悔していることは言うまでもありません.
 次に客車です.1本目は,ぶどう色のスハ43系(KATO製)4輛,2本目はオハ12系(KATO製)5輛編成です.いずれも最初期ロットの製品でわが模型鉄道ではすでに退役した車輛です.
 パワーパックは,1979年に購入して退役していたカツミ製KP41を使用しました.最大出力12V,容量3A,サイリスタ方式による電圧制御で,電気を食う古いモーターを搭載したブラス製ロコもストレスなく走行できて満足しています.レールはカトー・HOユニトラックのR790を使用して単線エンドレスを設置,引き込み線を設けました.時間は31日の23時頃から,1日の1時頃まで行いました.
 また今回の年越し運転は,小学校3年生の我が娘のアスカが初参加したのでエア娘でない証拠に写真を同封しています.

今から39年前の1983/昭和58年,当時16歳だった私がはじめて六甲模型を訪れたとき,今の店舗の道路を挟んで東側,今は倉庫らしきものが立っている場所に最初期の店舗がありました.小さな小さなお店でしたが,Nゲージから欧米輸出向けのHOゲージのブラス製品まで扱っていて,いつかは天賞堂製品や欧米型ブラスモデルを買うぞ! と夢が大きく膨らむお店でした.特筆すべきことは,すべての商品に価格シールが貼られており,ショーケースに飾られていたブラスモデルにもすべて値札が表示されていました.今では当たり前のことですが,当時の模型店は値札を表示せずに模型だけを展示して,模型の販売価格は店主の言い値が多かったので当時としては画期的な取組みでした.さらに他の模型店は頑固おやじやおばさんが店主の店が多かったので,店主が若いお兄さん(当時25歳の床次滋孝氏その人です)の六甲模型はある意味気楽に買い物が出来て,当時の老舗の模型店や年輩モデラーからは「子供のオモチャ」とみなされていたNゲージを積極的にあつかい,少年モデラーやNゲージのお客にも丁寧に接してくれました.狭いお店ながらも,タミヤのプラモデルよりも組むのがむずかしいNゲージのグリーンマックスの板キットによる私立神港高校鉄道研究部の作品展が開催されたり,床次氏自身も5年間,GMの板キットの組立てに励んだそうです.また鉄道模型のメンテナンスや製品の特性も教えてくれることもあって,少年モデラーやNゲージ小僧からは「すげえ!床次の兄貴ぃー,弟子にしてくだせー!」と言わんばかりの親近感がありました.
 さて年月が経ち,「床次の兄貴ぃ」こと床次滋孝氏はすっかり貫禄がでて「西の重鎮」と呼ばれるようになり,貧乏な少年モデラーだった上谷少年はいまや「ブラス製機関車の完成品コレクター」オジサンになり,ブラス製機関車だけでなく嫉妬と羨望?も集めるようになりました.
 大手家電量販店の仁義なき値引き販売により本店は閉店してしまいましたが,六甲模型は鉄道模型専門店「れーるぎゃらりーろっこう」として生まれ変わり,店舗も大きくなりました.日本型Nゲージを主体に海外にも通販,顧客を持つようになり,店頭ではご子息(既婚)もお店に出るようになりました.小さな「街の鉄道模型店」の大きな進撃はまだ始まったばかりです.今後ともお付き合いをお願いします.
 最後に「れーるぎゃらりーろっこう」創立40周年企画の投稿を昨年末に快くご承諾して頂き,本原稿の校正もして頂いた床次滋孝氏にこの場をかりてお礼を申し上げます.これからも機会があれば年越し運転を行いたいと思います.